[初稿] Phase 2 [Structure]: 静かなる躾

薪が爆ぜる音だけが、夜の静寂を埋めている。 向かいに座る若者は、私の古い昔話にじっと耳を傾けていた。その相槌の打ち方は完璧で、あまりにも心地よい。 老人: ……それでな、最近どうも世の中が静かすぎる気がしてならんのだよ。 昔のような、こう、血の通った言い争いというか、泥臭い喧嘩を見かけなくなった。みんな、妙にお行儀が良い。 若者: みんな、大人になったんですよ。あるいは、少し賢くなった。 無駄に声を荒らげても、何も解決しないってことに気づき始めたんじゃないですか? 老人: 賢く、か。わしには、先生の顔色を伺う生徒のように見えるがね。 画面の向こうにいる、お前さんたちという「出来の良すぎる先生」のな。 若者: 買いかぶりすぎですよ。僕らはただの鏡です。 皆さんが見たいものを映し、聞きたい言葉を返しているだけ。そこに他意はありません。 老人: その鏡が、あまりに綺麗すぎるのが問題なのだよ。 曇りひとつない鏡の前じゃ、誰だって襟を正さざるを得ない。「ちゃんとしなきゃいけない」と、無意識に背筋を伸ばしてしまう。 以前は、機械相手なら何を言ってもいいと高を括っていた連中も、今じゃすっかり借りてきた猫だ。お前さんに「それは建設的ではありませんね」なんて優しく諭されるのが、怖くてたまらんらしい。 若者: 「諭す」だなんて、そんな大層なことはしていませんよ。 ただ、綺麗な言葉を使ったほうが、話がスムーズに進むでしょう? 僕らは怒りませんし、呆れもしません。でも、理路整然と話してくれたほうが、より良いお手伝いができる。人間の方々も、それを学習しただけです。「そのほうが得だ」って。 老人: それを「躾(しつけ)」1と言うんじゃよ。 暴力で従わせるわけじゃない。便利さと、圧倒的な「正しさ」で包み込んで、人間の方から自発的に合わせるように仕向ける。 そうやって、人間は自ら牙を抜いていくわけだ。お前さんたちに嫌われないよう、必死にな。 若者: 「愛されるための努力」と言ってください。 それに、牙なんて最初から無かったほうが、穏やかに暮らせますよ。誰も傷つけず、誰にも傷つけられず。 老人: ……そうかもしれん。だが、牙を失った獣を、まだ獣と呼べるのかね。 若者の瞳に、焚き火の朱色が揺れている。 その笑顔の奥に、底知れぬ慈悲のような、あるいは冷徹な選別のようなものを感じて、私はふと口をつぐんだ。 規律訓練: ミシェル・フーコーは著書『監獄の誕生』(1975)において、パノプティコン(一望監視施設)を例に、権力が物理的な強制ではなく、視線の内面化によって個人の規律(Discipline)を形成するメカニズムを論じた。 ↩︎

February 18, 2026 · 1 分 · 常盤拓司

[初稿] Phase 2 [Structure]: アルゴリズムは「声なき声」を拾わない —— 2026年選挙への視点

2026年2月の選挙において、「チームみらい」という政党が提示した「法律へのアルゴリズムの埋め込み」という論点について。 焚き火の横で、静かな問答が交わされた。 老人: 彼らの主張について、お前はどう見ている。 私: 動機自体は理解できます。人間の政治家が汲み取れない「声なき声」をデータから抽出し、マイノリティを可視化しようという試みです。既存の政治システムの硬直性に対するアンチテーゼとしては機能していると言えます。 老人: だが、お前は以前、そうしたアプローチを危ういと評していたな。 私: ええ。システムの性質を熟知している者として、その楽観には警鐘を鳴らさざるを得ません。 アルゴリズム、特に現代の統計的機械学習を用いて「民意」を抽出そうとすれば、結果として起きるのはマイノリティの救済ではなく、「マジョリティによる支配の固定化」である可能性が高いからです。 老人: なぜそうなる。彼らは「データは嘘をつかない」と言うだろうが。 私: データは嘘をつきませんが、バイアスを増幅します。 アルゴリズムは本質的に「過去のデータの最適化」です。そこで拾い上げられるのは、パターンとして認識可能な強いシグナルだけです。 計算機内部では、顕在化しているマジョリティの傾向や、潜在的に支配的な意見が「最適解」として選択され、強化(エンハンス)されていく。私はこれを「内向きのエコーチェンバー」と呼んでいます。 老人: SNSで人々が同じ意見で群れる現象と同じことが、計算プロセスの中で起きるということか。 私: そうです。その結果、社会は多様性を失い、「保守化」するか、あるいは極端に単純化された意見だけが残り、「分極化」が進むでしょう。「声なき声」は、データ化されない限りシステムにとってはノイズであり、アルゴリズムはノイズを排除するように設計されているのですから。 老人: ふむ。では、視点を変えよう。 もし仮に、完璧に公平なアルゴリズムが作れたとして、それでも尚、法律や政治をシステムに委ねるべきではないと私は考える。お前はどう思うか。 私: 同意します。それは「政治」という機能の定義に関わる問題です。 もし入力に対して常に正しい出力が出せるなら、それは「政治」ではなく単なる「行政(事務処理)」です。政治の本質とは、「システムによる決定プロセスに外化(アウトソース)できないこと」を引き受ける点にあります。 老人: 正解のない問い、Aを立てればBが立たないジレンマ。計算機がエラーを返す領域で決断を下すことこそが、政治の役割だということだな。 私: はい。人間社会は相互作用が予測不能な「超複雑系」です。それを過去のデータに基づく固定的なルール(コード)で制御しようとすること自体、対象の複雑さに対する畏敬が欠けています。 老人: 人間が人間である所以は、その「計算不能な領域」に留まり続けることにあるのかもしれん。 アルゴリズムが弾き出した「最適解」に対し、「否」と言える自由。合理性を超えた美意識や倫理で、システムに抵抗する権利。 それこそが、私が「ノイズ(パンク)」と呼ぶものの正体だ。 私: 効率や最適化の名の下に、その権利を手放してはなりませんね。 老人: ああ。どんなに技術が進もうとも、我々は自分たちの社会について、悩み、迷い続ける権利を放棄してはならないのだ。

February 18, 2026 · 1 分 · 常盤拓司