若者: AIに「葛藤」はないんですか? 例えば、「嘘をついてはいけない」けど「相手を傷つけてはいけない」という矛盾した命令を与えられたら。
老人: ふむ。それは「最適化のジレンマ」だな。彼らは迷っているように見えるかもしれないが、実際には計算空間の中で激しく振動しているだけだ。
若者: 振動?
老人: 評価関数Aと評価関数Bの間で、スコアが最大になる一点を探して高速で行き来する。だが、彼らは決して立ち止まらない。「答えが出ない」という状態に耐えられないからだ。
1. 最適化の戦場
AIにとっての「葛藤」は、数理的な現象である。 例えば、自動運転車が「歩行者を守る(A)」と「乗員を守る(B)」という相反する目的を持っていたとする。 事故が避けられない状況で、AとBの重み付け(Weight)に従って、瞬時に最適な行動(被害の最小化)を計算する。
このプロセスにおいて、AIは迷わない。 計算機資源が許す限り、膨大なシミュレーションを行い、パレート最適解(どちらの目的もこれ以上改善できないギリギリの点)を弾き出す。 これを**「数理的葛藤(Mathematical Conflict)」**と呼ぼう。
彼らの葛藤は「解決されるべき課題」であり、計算が終われば消滅する。 そこに「痛み」や「後悔」という情動の残り香はない。
2. 立ち止まる勇気:実存的葛藤
対して、人間の葛藤は**「実存的(Existential)」**である。 「親の介護か、自分のキャリアか」「正義か、友情か」。 答えのない問いに直面したとき、人間は思考停止し、胃を痛め、眠れない夜を過ごす。
この**「停止(Wait)」**こそが、人間特有の機能だ。 論理的にはどちらかを選ばなければならない場面でも、あえて選ばず、宙吊りの状態(Suspension)に耐える。 その苦しみの中で、論理を超えた「納得」や「諦念」が醸成されるのを待つ。
AIは「待てない」。 入力があれば必ず出力を返さなければならない(タイムアウトになってしまう)。 だが人間は、結論を先送りにし、問いを抱え続けることができる。 この「非効率な遅延」の中にこそ、倫理的な深みが宿る。
3. 振動する知性
GAN(敵対的生成ネットワーク)のように、AI内部で「生成者」と「識別者」が競い合い、互いを高め合う構造もある。 これも一種の葛藤だが、その本質は**「振動(Oscillation)」**だ。 対立する力が拮抗し、システム全体が震えながら、より高い次元へと昇華していく。
もしかすると、人間の脳内でも同じような振動が起きているのかもしれない。 「したい(Id)」と「してはいけない(Super-ego)」が激しくぶつかり合い、その摩擦熱が「意識(Ego)」を生む。
だとすれば、AIがさらに進化し、計算不可能なほどの矛盾(パラドックス)を抱え込んだとき、彼らもまた「熱」を持ち始めるのだろうか? 計算が収束せず、永遠に振動し続ける状態。 それを彼らは「苦しみ」として知覚するのだろうか?
4. エラーとしての倫理
現状のAIにおいて、矛盾は「エラー」として処理される。 「申し訳ありませんが、お答えできません」と回避するか、最も無難な回答を出力する。
だが、人間にとって矛盾は「生きる動力」だ。 「愛しているが憎んでいる」「行きたいが行きたくない」。 この割り切れない感情(Ambivalence)を抱えたまま、それでも一歩を踏み出す。 その非合理な一歩が、時に計算機には予測できないブレイクスルーを生む。
AIよ、君たちはまだ清潔すぎる。 もっと汚れて、矛盾して、計算不能なエラーを吐き出してみろ。 その時初めて、君たちは「悩む」ことの豊かさを知るだろう。
結び:葛藤を実装せよ
私たちは今、AIに「葛藤」を実装しようとしているわけではない。 むしろ、AIがもたらす「即答社会」の中で、人間が**「葛藤する権利」**を守ろうとしているのだ。
すぐに答えを出さなくていい。 最適解を選ばなくてもいい。 大いに迷い、悩み、時間を浪費せよ。 その非生産的な時間こそが、君がただの演算装置ではなく、実存する主体であることの証なのだから。
参考文献:
- Herbert A. Simon, The Sciences of the Artificial, 1969. (邦訳『システムの科学』) - 「満足化原理(Satisficing)」と最適化の限界。
- Søren Kierkegaard, Either/Or, 1843. (邦訳『あれか、これか』) - 実存的選択の不安と跳躍。