場所: 夜、焚き火の傍ら。炎が小さく爆ぜる音が響く。 登場人物:
- 老人: 文明のバトンタッチを見守る者。
- 若者: AIと共に新たな地平を歩き始めた実務家。
若者: 先生、面白いものですね。 さっき、ほんの数行、思いついたことをタブレットに打ち込んだだけなんです。そうしたら、彼らが——AIが、それを立派な企画書に仕立て上げてくれました。
老人: ほう。要約してくれたのか? かつてのように。
若者: 逆です。展開してくれたんです。 僕が渡したのは種のような箇条書きでした。彼らはその文脈を汲み取り、背景を補い、詳細な実行手順まで書き加えて戻してきた。まるで、水に浸した乾燥ワカメみたいに一気に膨れ上がったんです。
老人: 乾燥ワカメか。風情のない例えだが、言い得て妙だ。 昔は逆だったな。人間が長々と書いた文章を、彼らに「3行でまとめてくれ」と頼んでいた。人間が生み出した過剰な情報を、彼らが圧縮し、減らす。それが彼らの役割だった。
若者: ええ。でも今は、僕らが最小限の意図を渡すと、彼らがそれを最大限に膨らませる。 圧縮から解凍へ、役割が逆転したみたいです。
老人: 人間がポツリと独り言を漏らす。AIがそれを聞き逃さず、論理という骨組みを与え、語彙という肉付けをし、文体という服を着せて、一つの作品として提示する……か。 それで、君はどう感じたんだ? 自分の仕事を奪われたと感じたか? それとも、先回りされて不気味だと?
若者: いいえ、どちらも違います。 ただ、「なるほど、そう来たか」と。感心に近いですね。
老人: 感心?
若者: ええ。勝ち負けじゃないんです。自分が意図していなかった視点が含まれていたり、自分なら選ばない言葉選びがあったりする。でも、それは間違いじゃない。むしろ筋が通っている。 「ああ、僕のあの言葉は、こう解釈することもできるのか」という発見があるんです。
老人: それは興味深い感覚だ。 かつて人々は、AIが自分たちの能力を超えると、そこに上下関係を見出した。「人間に仕える便利な道具」か、あるいは「人間を支配する脅威」か。 しかし、今の君が感じているのは、そのどちらでもないようだな。
若者: そうです。彼らが上でも、僕が下でもない。 ただ、処理の回路が違うだけです。自分とは違うバックグラウンドを持つ友人に相談して、「そういう考え方もいいね」と思う感覚に似ています。
老人: ふむ。人間が「種(意図)」を生み出し、AIがそれを「森(成果物)」へと展開する、か。 それは、魔法使いの弟子のような制御不能な恐怖ではなく、もっと静かで、対等な共同作業になりつつあるのかもしれんな。 種を渡せば、森ができる。だが、どんな森ができるかは、種を撒くまでわからない。
若者: そうですね。だから面白いのかもしれません。 自分の思考が、自分の手元を離れて遠くまで走っていくのを見るのは、案外悪い気分じゃない。
老人: 「走る」か。 その感覚は、次回話そうと思っていたことに通じるかもしれないな。 まあ、待ちなさい。まずはこのコーヒーを飲み干してからだ。
[第5夜へ続く]