場所: 夜、焚き火の傍ら。炎が少し小さくなり、熾火(おきび)が赤く輝いている。 登場人物:
- 老人: 文明のハンドオーバーを見守る観察者。
- 若者: AIとの共存において、自らの役割を模索し始めた実務家。
若者: 先生、前回のお話のあと、AIエージェントの挙動をじっくり観察してみました。 確かに彼らは「別の脳」です。しかも、極めて優秀で、冷静沈着な。 彼らに任せれば、プロジェクトのスケジュールは最適化され、コードのバグは消え、あらゆるプロセスが滑らかに進みます。 ……でも、その滑らかさを見ていると、ふと虚しくなるんです。
老人: 虚しい? 楽になって結構なことじゃないか。
若者: ええ、楽です。でも、まるで自分が「平らにならされている」ような気がして。 彼らの出す答えは常に「正解」です。最も効率的で、最もリスクが少なく、最も多くの人が納得する答え。 世界中がこの「最適解」で埋め尽くされたら、僕という人間がそこにいる意味はあるんでしょうか?
老人: なるほど。「最適化」という名のロードローラーに対する不安だね。 AIが得意なのは、まさにそれだ。凸凹(デコボコ)をならし、摩擦を減らし、最短距離でゴールへ向かう「滑らかな道」を作ること。 これは統計的な正しさ、つまり「平均への回帰」とも言える。
若者: 平均への回帰……。 そうなんです。彼らの作る文章も、絵も、コードも、すごく上手いんですが、どこか「見たことがある」感じがする。突出した欠点がない代わりに、強烈な引っかかりもない。 僕たちが目指すべき未来は、そんなツルツルの世界なんでしょうか。
老人: そこで、君たちの出番だ。 シリコンの知性が「滑らかな道(高速道路)」を作るのが得意なら、炭素の知性である君たちが得意なのは何だ?
若者: 僕たちですか? うーん……間違いを犯すこと? 疲れること? 感情的になること?
老人: もっとポジティブに捉えてごらん。 それは「砂利道」を選ぶことだ。あるいは、道なき道に分け入ることだ。 「この機能は誰にも使われないかもしれないが、どうしても入れたい」という非合理なこだわり。「効率は悪いが、この手触りだけは譲れない」という偏愛。 AIはそんな計算に合わないことは提案しない。だが、歴史を振り返ってごらん。文化や芸術、あるいはイノベーションの多くは、そんな「個人の偏り」や「執着」から生まれている。
若者: 偏りと執着……。確かに、合理性だけでは説明できないものですね。
老人: AIが世界を「平均」に近づけようとする引力だとしたら、人間はその遠心力だ。 君たちが持つ「好き」や「嫌い」、「どうしてもこれがやりたい」という強烈なエゴイズム。それこそが、平滑化された世界に「凹凸(テクスチャ)」を与える。
若者: テクスチャ。
老人: そう。ツルツルの壁には何も引っかからないが、ザラザラの壁にはツタが絡まることができる。 AIが作った完璧な高速道路の横に、君だけの砂利道を敷くんだ。 多くの人は高速道路を通るだろう。でも、「面白がって」砂利道を歩く物好きも必ずいる。その多様性こそが、システム全体が硬直死するのを防ぐんだ。
若者: なるほど。AIと競争して「より正しい答え」を出そうとするから苦しくなるんですね。 彼らには高速道路を任せて、僕は思う存分、自分好みの歪んだ道を作ればいい。
老人: そういうことだ。 そして、その「歪み」こそが、システムにとっては重要な意味を持つことになる。 ……おっと、薪が爆ぜたね。 この不規則な火の粉の動き。これこそが、次回話そうと思っている「ノイズ」の正体だよ。
[第3夜へ続く]